オーストラリアは夢大陸。自分の車を持ち込まなくてもここにはすべてが揃っている。4X4もキャンプ用品も...。そして日本よりずっと安いんだ

 オーストラリア現地で四輪駆動車を調達するには2つの方法がある。買うか借りるかである。よほどの長期滞在でもなければ「買う」というのは非現実的である。四輪駆動車のレンタル会社はハーツ、バジェットといった大手から、専門店までいくつかある。
 アウトバックの中の大きな町まで長距離バスか飛行機で行き、そこから四輪駆動車で旅するのが一番安上がりである。
 キャンプ用品は日本よりはオーストラリアがずっと安い。特にこちらではプロパンガスがどこでも簡単に再充填できるので、バーナー、ランタンなどほとんどがプロパンボンベ方式である。また、テントは少々重いが綿100%のものを使いたい。化学繊維のテントは、風による静電気で砂が一面に付く。その他クーラーボックス、フライパン、水タンクは必携である。これらの用品はすべてレンタルが可能である。

私たちを招いてくれたボエッチャー一家。
以来10年近くオーストラリア取材の
ベースとなった





ランドクルーザー・クラブのデイ
ツアーに参加、楽しい一日を過ごす。
ランクルの輪。Toyota Land Cruiser Club, QLD。ランドクルーザーファンは世界中どこにでもいる

 港湾労働者のストライキのため、車の引取りが1週間ほど遅れたが、予定通りシドニーを出発、私たちはこのクラブのあるブリスベンへ向かった。このクラブは1972年12月に設立され、現在の会員は200家族だそうだ。入会金は10ドル、家族会員は月25ドル、個人会員は月20ドル(いずれも1986年当時の数字です)、毎月2〜3回ツーリングを開催しており、その日程も日帰りから3泊4日のロングツアーまでさまざま。ツアー担当の役員がコースを設定し、会員は自分の参加したいツアーに申し込むという形だ。同じ週末にツアーが複数設定されることもある。
 会員は当然ランドクルーザーのオーナーが多いが、ハイラックス、ロッキー(日本名ラガー)なども見られる。2ヶ月に1度「4 Wheel Cruisin'」という会誌を発行している。A4サイズ約50ページの冊子だが、ディーラー、ショップの広告もある本格派である。

私達は7月初めの日曜日の目帰りツアーに参加した。朝7時すぎ、集合場所に会員の車が集合。この日はランクル60が2台、40が2台、55が1台、70が1台、ハイラックスとロッキーが各1台の計7台であった。目的地はブリスペン市内から50キロほどの州が管理する森だ。一般車は通行禁止だが、事前にコース、台数を申請し、許可を得てある。1人1人に許可証の写しが配られスタートした。道はブルで一気に作った、急斜面を直線的に登り下りしていく森林保守専用道だ。その傾斜たるや日本の道ではとても経験できない。
 最初の登り。トランスファーをローに入れ2速全開で登り始めるが、途中で失敗。すかさずバックに入れ下までソロリソロリ。助走をさらに長くとり再び一気にかけ上がる。頂上では先に登った仲間が声援をおくる。拍手に迎えられて登りきった。次はきつい下り坂であった。前車が下り終えたのを確認して私も続いた。一瞬、下りていく先がまったく見えない。セオリーどおりローの1速でゆっくり下っていくはずだった。しかし気がつくとスピードが出すぎている。ブレーキのタイミングも悪かったのだろう、わだちにタイヤが当たり、次の瞬間ランクルは左側に90度横に寝てしまった。シートベルトをはずして運転席側の窓から脱出、妻が左手に軽い傷を負った以外は無事だった。一斉に無線を通じて会員が前後から集められ、引き起こしの策が練られた。結局3本のワイアーでなんなく元に戻った。車の損害は左後部の曲面ガラスが1枚割れたほかは、左側ボディーのすり傷、左側フェンダーのゆがみですんだ。オイル等のチェックのあとランクルは再び隊列に復帰した。
 転倒の原因は私の経験不足とエンジンブレーキが伝わらないオート・フリーホイールハブにあった。その後、下り坂には細心の注意を払いながら午後3時すぎまで充分にオフロードを楽しんだ。翌日、早速オートハブをマニュアルのフリーホイールハブに取り替えたのは言うまでもない。

事前に申請すれば州が管理する森で
クロスカントリードライブを楽しめる。





アウトバックの分かれ道。うっかりしてると
簡単に見落としそうな標識だけが頼りである。





一日のドライブが終わるころ、
風車の向こうに夕日が沈む。
はるか地平線へと続く道は決して単調ではない。いろいろな障害があるし車のチェックも怠ってはいけない。

 主要幹線は舗装されている。しかし1車線舗装が多く、路面は荒れているが道幅は広い。対向車とすれ違うときは、お互いに左側車輪を路肩の外に落としてほこりを上げながらすれ違う。幹線をはずれると当然ダート道だ。アウトバックで「○○ハイウェイ」と名前がついている道は、おおかたダートである。道幅は4車線ほどあるが、路面は洗たく板のような道だ。凸凹のピッチは60〜70センチぐらいで、ちょうどタイヤの直径ほどだから走りにくい。中途半端なスピードだとものすごい上下動に襲われる。なるべくスピードを上げその凸凹の上の部分だけをなめるように走るといい。現地の車はスプリングをぶ厚し−ものに変えてあるせいもあり、この道を100km/h近いスピードで“飛んで”行く。
 また、ダートでは道路に赤褐色の小麦粉のような砂が積もった “ブルダスト”に注意が必要だ。ここに高速で突っ込むと危険だ。タイヤは方向性を失うし、その際の衝撃は、想像を絶する。また車を壊すこともある。遠くからはちょっと見分けがつかないが、路面の色の変化で察するしかない。
 「ゲート」、「グリッド」と呼ばれる道路上の障害物にも気をつけたい。どちらも家畜の移動を制限するもので、「ゲート」はまさに門。道路上に門があるのだ。通過方法は、通りかかったときに門が開いていればそのまま、閉まっていれば必ず閉め直して行くというもの。近頃この簡単なマナーが守られていないという。一度逃げた家畜を再び集めるのは大変な仕事である。マナーは守ろう。一方「グリッド」は道路上の幅1.5メートルの溝に鉄のすのこを埋め込んだものだ。舗装道路では問題ないが、ダート道の「グリッド」は前後がコンクリートで固められており、その部分だけ路面が盛り上がっているので充分減速して通過する。
 

 アウトバックの物資輸送に活躍する「ロードトレイン」も要注意。大型トラクタートラックで牽引される2〜3両編成のトレーラーがダートを突っ走る。ものすごいほこりは視界を完全にさえぎるし、はね上げられた小石でフロントウィンドウを割ることもある。遠くに確認したら道端に車を寄せ、通過を待つのが一番。
 ガソリンとディーゼルでは、どちらが有利か。どちらも現在ではかなり奥地へ入ってもまったく問題はなかった。昔はガソリンに限るといわれていたが、今は皆ディーゼルに軍配を上げる。供給面での心配がないのだから、ディーゼル車はその経済性、燃料を携行する上での安全性、電気系統のトラブルの少なさが生きてくる。値投は、1リッターあたり50〜65セント(注:1986年当時の値段)だった。

  町には必ず「キャラバンパーク」と呼ばれるキャンプ場がある。テントの場合1人1泊2ドルほど(注:1986年当時の値段)。「オンサイトバン」と呼ばれる場内に据え置きのキャンピングトレーラーを利用する場合は1泊20ドル(2人)ほど(注:1986年当時の値段)である。

全長50メートル、タイヤの数62輪、全重量130トン。3両で160頭の羊を運ぶ。ロードトレインはアウトバックの物資輸送の主役である。


ダート道でロードトレインとすれ違うのは恐怖
でさえある。この土ぼこりでは何も見えない。
道路わきに止めてやり過ごす。
 オンサイトバンにはベッド、台所、テーブル、食器、調理器具などすべてそろっている。場内には温水シャワーがあり洗たく機、乾燥機まで設置されている。モーテル(1泊40ドル程度、注:1986年当時の値段)もいいが、キャラバンパークではいろいろな旅行者と話や情報交換ができ、ときには1台では危険で入って行けないような所へのツーリングが、何台かまとまり実行できるというチャンスにも恵まれる。
 アウトバックの走行には砂ばこりがつきものである。パウダー状の細かい砂はどこへでも容赦なく入り込む。私はガソリンスタンドで給油するたびに、エアフィルターを圧縮空気で吹いてきれいにしたし、汚れ具合で早目に交換した。燃料が日本ほど高品質ではないので燃料フィルターの点検も必要だ。 

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